  
北陸学院小学校 |
1885年(明治18年)米国人宣教師ミス・メリー・K・ヘッセルによって金沢女学校が創設される。1886年(明治19年)ミス・ヘッセルとミス・フランシナ・E・ポートルにより、幼稚園とともに小学校が創設され英和小学校と称した。
英和小学校は戦争の流れの中、文部省令変更により小学校は廃校のや止むなきに至るが、1961年(昭和36年)北陸学院小学校が再興される。これが私たちの学校です。 |
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| ごあいさつ −51年目の出発− |
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今年度から校長の任にあたることになった戸田です。
1886年、ポーター先生によって蒔かれた種は、幾多の先達たちの手で受け継がれ、途中の中断を経て51年目を迎えようとしています。
その教室には、聖画が掲示され、生け花が置かれ、日々英語と聖書の日課が営まれていました。
先日、親類の80才のお祖母ちゃんから、北陸学院出身であることを聞かされ、当時の讃美歌を今も時々歌っているとのことでした。
1961年番匠先生のキリスト教一貫教育への熱意が実り、多くの祈りと労苦、犠牲の故に、飛梅町高校校舎の一角に小学校が再興されました。
1964年、男女共学となり1968年には三小牛校舎に移転し、今日にいたっています。
この北陸学院小学校の伝統を大切にしつつ、新たな時代の要請にこたえられる教育実践をめざしたいと考えています。さらなるご支援ご協力を心から願いつつ…。 |
2011年4月 北陸学院小学校
校長 戸田 教一 |
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1885年(明治18年)
米国人宣教師ミス・メリー・K・ヘッセルによって金沢女学校が創設される。
1886年(明治19年)
ミス・ヘッセルとミス・フランシナ・E・ポートルにより、幼稚園とともに小学校が創設され英和小学校と称した。
1903年(明治36年)
文部省令変更により小学校は廃校のや止むなきに至る。
1961年(昭和36年)
飛梅町の高等学校の一画で小学校が再興される。
1963年(昭和38年)
柿木畠の中学校校舎に移転
1968年(昭和43年)
現在地の三小牛に新キャンパスを求めて移転
1985年(昭和60年)
北陸学院創立100周年とともに、小学校再興25周年を迎えた。
2005年(平成17年)
北陸学院創立120周年とともに、再興45周年を迎える。
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| 北陸学院創立120周年記念式典 −2005年10月21日− |
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北陸学院創立120周年記念式典が金沢市観光会館で行われました。
小学校・中学校・高等学校・短期大学合同のハンドベル演奏(84名)で式が始まりました。
120年前の開校の時にならされた鐘を、昭和4年度卒業生と小学校1年生2名で鳴らしました。会場に響く鐘の音に、120年という歴史を感じました。(写真左)
 聖書「主を畏(おそ)れることは知恵の初め。これを行う人はすぐれた思慮を得る。主の讃美は永遠に続く。(詩編111編10節)」が読まれ、感謝の祈りを捧げました。
井上学院長が「初めの愛に立ち帰れ」と式辞があり、日本基督教団・キリスト教学校教育同盟より、また前内閣総理大臣 森喜朗氏より祝辞をいただきました。

"Realize Your
Mission"は、北陸学院のスクールモットーです。私たちはみな、この世で果たすべきミッション(使命)をもって生まれてきています。かけがえのない人生のミッションを発見し、それを果たすために自分を鍛えて備える歩みを続けています。
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式典後奏:「ほめたたえよ、つくり主を」小学校・短期大学ハンドベル |
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| 北陸学院小学校再興45年記念礼拝 −2005年10月7日− |
今年は北陸学院小学校再興45年になります。北陸学院が創立120周年を迎えるのと同じように、記念の年となります。 今日の記念礼拝では、元北陸学院小学校校長小川和子先生(北陸学院小学校名誉校長)からメッセージがありました。今日は、小川先生の礼拝での話をご紹介します。
北陸学院小学校は、2つの誕生日があります。45歳と120歳。不思議かもしれませんが、どちらも本当です。 玄関に(今までの入学式の)写真が飾られています。高田先生はお兄さん先生、井川先生はやせています。(^o^)
120年前、キリスト教の宣教師が金沢に来られました。「神様のことを教える学校をつくりましょう。」その頃は、(女の子は)学校に行かなくてもいいよ。と、いう考えがありました。 数年して…、日本の国では聖書の教えを教えてはいけません。という決まりができました。
ある日、持っている聖書を全部グランドに集め、「燃やしなさい。」と、言われました。小学校をつづけることができなくなってしまったのです。(その後再興され45年を迎えました。)
小学校の卒業生から手紙をもらいました。「(北陸学院)小学校生活は、今も私の宝です。」という手紙です。私にとっても、先生方にとっても宝です。何が「宝」なのでしょう。 三小牛の自然、お友達、先生…。神様によって創られ、神様が大事な宝をくださっているのです。
みんなとってもいい顔をしています。みんなの顔に、神様からいただいた宝が表れています。 |
| (北陸学院小学校名誉校長小川和子) |
北陸学院は神様の恵みを豊かに受け、創立120周年と北陸学院小学校再興45年を迎えました。 そして今までの恵みを感謝し、これからもその恵みが一人ひとりに注がれることをみんなでお祈りしました。
北陸学院創立120周年記念式典は今月21日に金沢市観光会館でに行われます。
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再興45年の鐘の音 −2006年2月8日− |
昨年北陸学院小学校は「再興45年」を迎えました。(北陸学院は120周年)
 今日は、その当時、授業の始まりや終わりを知らせていた「鐘」が復活しました。 と、いうのも、昨日午後7時頃落雷があり、三小牛キャンパスの小学校・短期大学は停電になりました。 朝、落雷による影響を調査。小学校のメインコンピュータが動かない…他は異常なしと思っていたところ、チャイムが鳴りません。おや?調べたところ、放送機器が落雷で使えなくなっていることが分かりました。(その後コンピュータは復旧)
そこで…校長室に保管してあった「当時の鐘」を使うことになったのです。 全校の礼拝の後、高田学校長が「今日はチャイムが鳴りません。45年前に使われていた鐘を使います。」鐘を鳴らすと「ワーおもしろい。」「ドラえもんになったみたい。」「昔の生活だね。」とワクワクした声が聞こえてきました。
1時間目終了!鐘が鳴りました。いつもと違った雰囲気です。2時間目開始、「昔もこうしていたんだね。」という声…再興当時の鐘の音が、現在の校舎に響きました。
放送設備は修理が必要だということで、部品を注文…明日も「鐘」がなります。 |
 プログラムされたチャイムに慣れてしまった私たちです。「手動」の鐘は、鳴らす方が大変です。「1・2分ずれてしまった。」と高田校長! 3限目終了は「5分ずれてしまいました。」それをしっかりチェックしていたのは子どもたちでした。 鳴るのを楽しみにしていた子どもたちは、「先生!鳴らないよ。」と。いつもより時計が気になった一日でした。 そうそう、こんな子もいました。休み時間終了の鐘を鳴らそうとしたとき「あと、1分おそくならして。」と交渉している場面もありました。機械とは違った手動の一面を感じました。昔もそうだったのかな…。 |
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| 私たちの校舎 −2004年9月22日− |
左写真の建物を見てください。あれ?小学校の校舎に似ていると思いませんか。 この建物は、金沢女学院(後の北陸学院)初期の校舎ですから、何と今から100年ぐらい前のものです。そして、当時、金沢の上柿木畠にあった建物を、現在の三小牛に移築した物が「今の私たちの校舎」なのです。
現在では木造校舎は少なくなりました。でも、お金をかけて木造にこだわる学校もあります。「古い木造校舎」は、近代的な校舎と比べると見劣りがするように思いますが、その良さをしっかりと見つけていきたいと思います。
移築された現在の校舎は、専門業者の検査によって現在も補強工事が施されています。歴史を感じる教室や職員室などは、昔の姿をとどめていることでしょう。でも、ビックリですよね。教室スペースは、広く作ってありますし、床の材質については高級感のあるムク材?が使用されています。(今は集積材をコンクリートの上に貼ってある物が多いのではないでしょうか。)
 木は、私たちにぬくもりと弾力性(もし頭を打ち付けても致命的な衝撃を吸収)という優しさを与えてくれています。ある、教育関係の専門家が「すてきな校舎です。」と話されました。(再認識!?)大切に使いたいと思います。
さて、今日はワックスがけが4〜6年生によって行われました。汚れているところを特に注意し、水ぶきをしました。(水ぶきを繰り返すと木の臭いがするんですよ。)
そして、ワックスを塗っていきます。ピカピカピカっと美しく光っていきます。1〜3年生は下校していますので、きっと美しくなった床に驚くことでしょう。みんなでていねいにワックスを塗っていきました。 一つひとつの柱や床の板…は、北陸学院の長い歴史を知っています。そして、今も学ぶ子どもたちを見つめています。さらに、神様によって建てられた学校はその恵みの中に置かれています。 |
| 私たちの学校(歴史) −2003年8月26日− |

(1961年4月入学式/英語の授業/夏期学校)
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第1回入学式は、女子のみ21名(その後1964年から共学)で行われました。この再興当時から行われていた授業や行事には現在につながっているものが多くあります。
例えば英語の授業は、再興当時はもちろん創設された英和小学校時代から英語の授業がアメリカの教師で行われていました。また、夏期学校も1961年に第1回目が行われています。この夏期学校も教会学校(日曜学校)の歴史からみれば、100年以上にものぼる流れの中にあると言うことができるでしょう。
時代を超え、建学の精神として、今も変わらずに流れていることを実感します。
(創設された明治の時代に、英和小学校の教室には絵画が飾られ、花が生けられていたそうです。また、児童が劇をするといった活動がありました。今では、珍しくないことですが、当時の学校に相当な衝撃を与えたことだと思います.)
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