私たちの学校
校歌
北陸学院小学校
 北陸学院小学校の現在の制服は、小学校再興30年(1990年)の時に定められました。また夏の制服については、再興時にその原型と色があり、今となっています。
 さて、制服には「名札」が定番のようですが、本校には名札がありません。そのわけを探ってみましょう。
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制服の昔と今

 左の写真は、北陸学院小学校「第1回」の入学式の写真です。
 形(デザイン)と色は今のものと異なっています。
ズボンとスカートは紺色で、金沢市内の公立校と同じものと考えてよいでしょう。
 

 今の制服は再興30年記念の年(1990年)に定められました。

 生地の素材の改善、礼服としての役割から色…デザイン…が検討され、エンブレムは赤の刺しゅうから金色になりました。また同時にチェックのズボンとスカートも合わせて定めました。制服にチェックのスカートが増え始めたころです。
(左写真:再興30年記念式典より制服の披露)

 制服は替わりましたが、建学の精神は「英和小学校(1886年創立。後の北陸学院小学校)」から今に至るまで変わっていません。
夏の制服について
 夏の制服。男子は、紺のズボンに白のポロシャツ。女子のスカートは北陸学院中学・高校と同じ水色です。
 「わたし、この色好きなんだ。」という女の子。自然がいっぱいの三小牛の緑に、さわやかな色が加わりましす。小学校では夏の日差しから頭を守るため制帽があります。

 夏の制服については、今も昔も変わりません。女子のスカートについては、ポケットの位置や色が少し変わりましたが基本的には同じです。

 制帽は再興時から夏も冬もありました。冬の制帽については「かぶったりかぶらなかったり…」再興30年。制服がブレザーになったのを期に廃止しました。
 夏の帽子については、日差しから頭を守るため、必ず着用するように指導しています。

今日から衣替え −2005年6月1日−
 昨日の肌寒い天気から、今日は夏を感じる日差しと気温になりました。今日から衣替え、夏の制服になりました。

 今、私たちの学校は緑に包まれています。その緑に、ブルーと白の色が光ります。でも、本当に輝いているのは子どもたちです。

 草むらで、じっとしている子がいました。制服の色とは違いますがカマキリのように、じっと何かをねらっているのです。
 そして、「パッ!」と手が出たと思うと、何かを捕まえたようでした。
(写真がなくてごめんなさい。その様子に気が取られてしまいました。)



 今年も、三小牛に「夏」がやってきました。緑がいっぱいの自然に「夏の制服」。生き物たちが生き生きと活動する季節に、子どもたちも一緒に輝きます。

 名札のいらない名前で呼びあう学校 −2004年1月30日−
 校歌 左の写真は本校の制服のエンブレムです。他校ならば名札をつけている学校が多い中、本校にはありません。
 また、青山学院初等部の児童たちが口をそろえて驚いたことに、友だちを呼び合うとき「名字(家の名)ではなく、名前(ファーストネーム)だった。」ことでした。確かに、(例えば)「太郎」「花子」と言うことが日常的です。(授業中などでは○○さんなど、時や場所などで言葉づかいは変わります。)

 調べてみると、先生もファーストネームを使うことが多いのです。保護者の方やオープンハウスに来校された方からも、「なぜ?」というご質問を受けることがあります。

 本校では、創立当時から英語の授業がありましたので、名前をファーストネームで呼ぶことがあったようです。
 また、第4代小学校校長(1997〜1982年)のグレイス.M.ロバートソン先生(ひとこと参照)はファーストネームで子ども達を呼んでいました。どうやら、英語教育の影響があるようです…。
 また、名札については1学年1クラスの小規模であるため名札は必要ありませんでした。今では児童数も増えましたが、「あなた」と呼んだりすることはありません。

 聖書のに、
「わたしは(イエス様)良い羊飼いである。わたしは自分の羊(私たち)を知っており、羊もわたしを知っている。(ヨハネによる福音書10章14節)
 と、記されています。
 羊飼いはそれぞれの羊を全て知っていて名前で呼ぶのだそうです。
 讃美歌に「一人ひとりの名を呼んで、愛してくださるイエス様、どんなに小さな私でも、覚えてくださるイエス様」があります。

 一人ひとりの名を呼ぶことは、一人ひとりを大切に思うことからきています。
 本校が「家族的な雰囲気」と感じるのは、名前の呼び方というより、お互いに(良いことも悪いことも)本当に知り合い、お互いを受け入れ、互いに愛する大切さが聖書によって示されていることからだと思います。


 入学式や卒業式の後に手渡される「聖書」は、ロバートソン先生をおぼえて集まった基金より送られています。
 故「ロバートソン先生記念会」  −2004年5月8日−
 「ロバートソン先生記念会」(児童は休日)の礼拝が行われ、その後・先生をおぼえて記念会がもたれました。

 ロバートソン先生は小学校の校長先生として、また宣教師としてはたらいておられる中、今から22年前の5月、「がん」のため天に召されました。
 多くの人々が先生をおしみ、先生が遠い金沢まで来られて、一番大切にされていたことを長く伝えたいという気持ちからロバートソン基金が各方面から集められました。小学校へ入学したとき、また卒業のときに贈られている「聖書」は、このロバートソン基金からのものです。

 さて、ロバートソン先生はどのような方だったのでしょう。いつも笑顔で人に接し、がんの宣告にも顔色を変えずに、いつも喜びに溢れて歩まれた先生です。

 井川先生は、「ロバートソン先生は、機関車のように、子ども達や先生方をどんどん引っ張っていくような先生」と話されました。そして、天に召されて機関車を失ったとき、故「番匠鐵雄(校長・名誉学院長)」先生が、「次の時代は新幹線になろう。」と話されたそうです。(新幹線が速いのは、機関車と違ってそれぞれが動力を持っているからだと)

 ロバートソン先生が私たちに残してくださったもの、それは今も、北陸学院小学校の中で生き生きと輝いています。
 神様からの恵みを受けて成長する喜び、感謝。そして神様によって与えられたそれぞれの使命を果たしていくこと。参加した方々と共に、教職員一同思いを新たにしました。
 この記念会で北陸学院小学校ロバートソン基金運営委員会より、1983年〜2004年まで(21年間)の聖書の配布数が報告されました。これまで新入生・転入生・卒業生に1,314冊が贈られています。毎日学校で使っている聖書もこの数に入っています。そして、これから先10年は贈り続けることができるそうです。
 「新1年生は学校礼拝での毎日の6年間、卒業生には大人になってからも身近に置いて、この聖書に親しんでいただければ、基金の最大の目的が果たせるものと確信し、信じて祈っております。(報告より)

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