![]() 「金沢」「三小牛」芋掘り藤五郎伝説より |
4年生は「総合的な学習」で、地域について課題を持ち、話を聞いてきたりその場所に行って見学したりして調べてきました。 伝説や言い伝えは、今も私たちの住む地域の中で「地名の由来」や「昔話」となって語り継がれています。 この学習した内容は「学習発表会」で劇になりました。 |
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| 4年 総合/伝説 「伏見寺見学(芋掘り藤五郎より)」−2006年5月30日− | |
4年生は総合的な学習で「いもほり藤五郎(とうごろう)」伝説(金沢の地名伝説)について学習しています。この伝説の中に、私たちの小学校がある「三子牛(三小牛)」が出てくるので、調べてみたいと思いました。 今日見学した伏見寺は、いもほり藤五郎ゆかりの寺で、金銅仏・藤五郎夫婦の像・藤五郎の墓があります。さて、いもほり藤五郎の伝説を簡単に紹介しましょう。 昔、山いも(ジネンジョ)をほり、売って生活をしていた藤五郎という青年がいました。貧しいけれど心のやさしい青年でした。 藤五郎は、大和国(やまとのくに)の和子(わこ)という長者のむすめと結婚しました。長者のむすめですから、お金をたくさん持っています。でも、心のやさしい藤五郎はそれを里の人やまずしい人にあげたのです。 〈金沢地名の由来〉ある日、藤五郎は、大切にしている畑に舞いまいおりた、悪さをする雁(がん)に向かって、和子(わこ)の持ってきた金貨を投げつけました。和子は金の大切なことを藤五郎に話すと、藤五郎は 「こんなものは、いもをほったらいくらでもいもにくっついてくる。」と、言いました。 藤五郎がいつもいもを洗っていたところは砂金がたくさんありました。ここが、金洗沢(かなあらいざわ)といわれています。今も兼六園横(金城麗沢:きんじょうれいたく)にあり「金沢の地名」となったと伝えられています。この砂金によって藤五郎は長者となりました。 〈三小牛地名の由来〉 さて、ある年の夜、藤五郎は「三頭の子牛」の夢をみました。牛があっちの山からこっちの山へ、跳ねるように飛んでいました。(※1その牛の尾をひっぱたら抜けました。) その三頭の子牛が庭に何かを置いていきました。朝、見てみると「金・銀・銅(鉄?)のかたまりでした。藤五郎はこれで仏像を作り、寺を建てました。この寺が「伏見寺」です。 そして、三頭の子牛がやってきた山を三子牛山(三小牛山)と呼ぶようになったのだそうです。これが、私たちの学校のある「三小牛」の地名の由来です。 今日見学に行った4年生は、「藤五郎は本当にいたんだ。」「仏像が金と銅でできていてびっくりした。」「芋掘り藤五郎の話の分からなかったところがよくわかった。」「藤五郎のおはかを見ることができてよかった。」「藤五郎があんなにりっぱなお寺をつくったと聞いてびっくりした。」…という、感想がありました。 |
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![]() 元尾さんの名前の「元・尾」…何だかイメージが広がってきませんか?元尾さんの家にも伝説が残っているある物があるそうです。 |
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| 参考資料:「こども金沢市史」金沢市発行 お話(本校):井川先生、藪田先生、加原さん 編集:釜土 |
| 4年生「総合」民話より「三子牛伝説」 -2006年7月11日- | |
今日は元尾さんの家(三小牛)をおたずねし、「元尾家」に伝わる先祖の言い伝えについて聞きました。![]() 右の写真「先祖代々受け継がれた俵」 (矢印が俵です) この俵は「決して開けてはいけない。」と言われています。 「もし、開けるときは飢饉や大災害にあったときだけ開けなさい。」と… |
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![]() さて、ある年の夜、藤五郎は「三頭の子牛」の夢をみました。牛があっちの山からこっちの山へ、跳ねるように飛んでいました。その牛の尾をひっぱたら抜けました。「元尾家」の先祖が抜いた…という言い伝えから「元尾」という名が付いたというのです。 その尾っぽは、金の延べ棒になったとか…。俵の中は、金の延べ棒か?…。子どもたちは何が入っているのだろうといろいろ想像していたようです。 三頭の子牛がやってきた山を三子牛山(三小牛山)と呼ぶようになり、私たちの学校のある「三小牛」の地名の由来となっています。 さて、俵の中ですが、残念ながら、「元尾家」でも開けたことがないので、分からないそうです。 |
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| 学習発表会 4年生 劇 「みつこうじ物語」 −2006年10月28日− | |
![]() 小学校のある「三小牛」という地名に興味をもった子どもたちが、「芋掘り藤五郎」という昔話の中に三小牛が出てくることを知りました。 この民話を調べるうちに京都と同じ地名が金沢にあることや「金沢」の名の由来を知ることができました。 また古くからこの地に住む旧家の叔父さんから学校が移転する前の三小牛の様子やその家に伝わる不思議な言い伝えについてお話を伺いました。 ![]() さらに、三小牛に移転したとき、当時の院長先生がここを栄光台と言って神様をたたえたという話も聞きました。 自分たちの通う三小牛にも多くの物語が眠っていたことを改めて知るきっかけになりました。 |
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伝説や言い伝えは、今も私たちの住む地域の中で「地名の由来」や「昔話」となって語り継がれています。 調べていくと歴史があり人々の願いや思いが残っていることが分かりました。 学習発表会では、学習してきた身近な地域との関わりが、生き生きと表現されていました。 (上写真:校内リハーサルより) |
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