  
育友会/宗教委員会
北陸学院小学校 |
「木いちごの会」は育友会・宗教委員会が主催し、保護者の方々が共に北陸学院小学校の教育の基本理念であるキリスト教に親しみ、また、子育てについて語り合う交流の場です。 |
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| 木いちごの会「チャペルコンサート」 −2005年10月14日− |
 今日は、北陸学院番匠鐵雄記念礼拝堂(チャペル)で木いちごの会「チャペルコンサート」行われました。
歌(メゾソプラノ):永島陽子さん、ピアノ:菅野万利子さん、フルート:岡本えり子さんによって、バッハ:主よ人の望みの喜びよ、リスト:愛の夢など、美しい響きがチャペルに響き渡りました。
演奏を聴かれた保護者の方は、「CDやDVDで聴く演奏とは違って、実際の生の音を聴いて感激しました。」「日頃忙しい生活の中で、心が洗われるような気持ちになりました。」と、感想をいただきました。
なぜ、このように「美しい演奏なのでしょう。」すばらしい演奏家によるのは当然のことですが、その「秘密?」を知りました。
永島さんは、バッハの歌を歌う中で、「(キリスト教)信仰をもつ前と後で歌が変わった。」そして「神様の愛を伝える讃美の歌声を意識するようになった。」と、話されました。 心に響く平安や力は、神様によって与えられ神様に応える歌声なのです。
「自然に囲まれたチャペルで歌えたことは私の喜びです。」と話される永島さんのメッセージは、神様が共にいてくださる真の喜びの声として響きました。 素晴らしい演奏を感謝いたします。 |
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| 木いちごの会「小学校時代に大切なこと」 −2005年7月7日− |

今日は今年度第2回木いちごの会が行われました。
今回は、本校教務主任・4年生担任の釜土純雄先生より「小学校時代に大切なこと」と題してお話を伺いました。
「小学校時代に大切なこと」は何でしょう。 『たくさんお友達を作り、多くのことを学ぶ』こと。では、それがどうして大切なことなのでしょう。今日のお話しでその答えがわかったような気がしました。
小学校時代(児童期)は、大人より優れた感覚(五感)で物事を判断している時期です。中学生以上(大人を含む)になっていくと、知識や理解力をもって物事を判断できますので、避けて通りたい時は目を閉じるなど、素直に直視しなくてもそれなりに判断できてしてしまうのではないでしょうか。
ですから、小学校時代は一つひとつの体験を素直に感じることから、大人が想像する以上に多くのことを学んでいることがわかります。子どもたちは毎日色々な体験をし、嬉しいこと・いやなことがあります。また自分の思いに共感してくれる友だちがいることを感じています。支えてくれる先生や大人もいます。小学校時代は、それら一つひとつが喜びと判断する力となり「生きる力」になっていくのだと感じました。
 また、子どもたちの声に「こたえる」ことについて、「答える・応える・堪える」ことが紹介されました。日々の生活の中で、子どもたちの声に本当に「こたえて」いない点を反省しました。
「やさしい子」になって欲しいと願うのは、誰もが思う願いです。「優しくしてもらった経験がない子は、優しい子にはなれない。」「愛を知らない子は、人を愛することができない。」今の子どもたちへの接し方が、子どもの成長に大切なことを知りました。
「小学校時代に大切なこと」それは、多くの体験や学びが感謝と喜びに満たされること。そして、愛されているということです。 「わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからである。」(ヨハネの手紙1:4章19節)
先生は、「子どもたちは学校で先生から多くのことを学んでいます。でも、『(先生も)子どもたちから多くのことを学んでいます。』」と話されたことは、とても印象的でした。
子育てについて見つめる機会となり、新たな思いをもって子どもたちと接していこうと感じました。 |
| 記:育友会宗教委員会副委員長 |
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| 木いちごの会「ゴスペルコンサート」 −2004年7月17日更新− |
16日、育友会宗教委員会主催の「ゴスペルコンサート」がチャペルで行われました。
ゴスペルの原意は「福音」です。奴隷時代のアメリカで、希望と喜びを持って賛美したアフリカ系アメリカ人の教会音楽・賛美がルーツだそうです。 「Oh
Happy
Day」や「天使にラブソングを」でお馴染みの曲、そしてバラードまで、チャペルには「GRACE(グレイス)」のみなさんの素敵な歌声が響きました。
ゴスペル・ミュージックはそのルーツからでしょうか。私たちに癒しや慰め、力を与えてくれます。 賛美の歌声は、恵みをいただいている神様への応答(感謝の祈り)です。歌声に希望・喜び・慰めを感じるのは、神様の恵みがそこにあるからです。 |
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| 第1回「木いちごの会」育友会宗教委員会 −2004年6月9日− |

今日は今年度第1回の「木いちごの会」が行われました。 今回は高田教頭先生を囲んで茶話会形式の和やかな雰囲気の中「叱る」
というテーマで先生にお話を伺い、出席の皆さんとディスカッションの時を持ちました。
〈叱られることは恵み〉高田先生は次男で、「同じことをしても叱られるのはいつもお兄さんの方だった。そのときは自分はラッキーだと思っていたが、今となっては叱られることは恵みだ。」と思っている。と話されます。 〈そのときを大切に〉自分は今足を骨折して治療を受けているが、そのとき、そのときに一番よいと思われる治療をすることが大切だと知った。子どもには「よくなりたい」という気持ちがある。小さいときにしか身につけられないことがある。そのときにきちんと叱ることが親や教師の役目だと思う。 〈叱るときの心〉心に余裕を持つこと。親も子育てにがんじがらめにならないで楽しんでほしい。自分のことも大切にして、あたたかな幸せな気持ちで子育てをして欲しい。そういう家庭で子どもは思いやりが育ち、そういう親を見て子どもの心が成長していく…。
その後ディスカッションが行われました。 ・子どものためではなく自分の気持ちを静めるために叱っているのではないかと思う。(多数の意見)・叱ることで自己嫌悪に陥ることがある(多数) ・公共施設で子どもがさわぎ、「ちゃんとしつけろ」と他の人から言われたことで、でかけることができなくなった。 ・自分はこういう母親でいたいと思っていても周囲の人のことばでそうできなくなってしまうことがある。 ・子育て中のストレス解消法のこと。 ・ひとつしかったらふたつ誉めるようにいている。 ・子どもが6歳、私も母親としてまだ6歳。一緒に成長していきたい。
今日出席のお母様方は皆、叱ることに難しさを覚えていました。でもこのディスカッションで「自分だけではないんだ」
とほっとされたかたもいたようです。 「叱られる子は幸せ」のお話は、叱ることで自己嫌悪に陥ってしまう私たちに勇気をあたえてくれました。 |
| (出席者 32名+空き時間の金子先生) |
 さて、なぜ叱るのでしょう。なぜ叱られるのでしょう。それは、「愛しているから・愛されているから」です。 しかし、私たちはそれを恐れたり、ダメ人間として受け止めてしまうことがあります。 「主は(神様)私たちを真(まこと)の愛を注いでくださいます。」 厳しさの中に愛を、弱さを知るものに勇気と力を示してくださいました。」ここに真の希望があります。
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| 木いちごの会 育友会(宗教委員会)−2003年11月18日− |
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今日は育友会宗教委員会主催の「木いちごの会」クリスマスリース作り(トールペイント)が行われました。 参加人数は30名以上。講師は1学年宗教委員の木村さんです。くまの形に切り抜かれた木に、それぞれペイントを施してかわいい「くまちゃんサンタ」ができました。(右写真)木の実をつけたリースにぶら下げて完成!! わきあいあいに、すてきなクリスマスの飾りを作りました。「わたしにもできたわ。」「子どもが喜んでくれるかしら。」などの声が聞こえ、当初の予定より早く出来上がりました。 12月2日(火)は今年度最後の木いちごの会、「クリスマス会」が行われます。保護者の皆さん!楽しいひとときを過ごしましょう。 |
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| 木いちごの会「ハンドベルに親しむ会」−2003年10月23日− |
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今日は、育友会宗教委員会が開催する「ハンドベルに親しむ会」が行われました。本校ではなじみの深いハンドベルです。子ども達は、軽やかに演奏しますが、実際にやってみると難しいことがわかります。今日の参加者(13名)が一つにならないと、一つの楽器になることはできません。曲は「夕日が背中を押してくる」作詞:阪田寛夫、作曲:山本直純です。ハンドベル用編曲と指導は、釜土が担当しました。 一つの曲をつくるとき、個人が全体の中での役割を担います。それは、喜びでもありますが、同時に責任を任された緊張したときとなります。気持ちを集中させ、全体への調和を図るのです。失敗することもあるでしょう。でも、達成を目指す思いが、心を一つにしていきます。(こうした練習をハンドベルクラブの子ども達は、いつも体験しています。) すてきな曲に仕上がりました。それは、上手に演奏する以上に、参加者の心が一つになったことによるものです。 |
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