
「復活祭」
北陸学院小学校

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イースターはイエス・キリストの復活の喜びの時です。
イースターエッグが、本校でも子ども達一人ひとりに配られます。このイースターエッグは諸外国でも、喜びを表すために用いられています。かたい殻は、自分を閉ざすイメージだったり、死んだように見える形だったり…。でも、卵は新しい命とこれからの希望があります。 |
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| イースター礼拝 −2007年4月11日− |
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 小学校では、今日イースター礼拝を守りました。1年生もホールで一緒に礼拝を守りました。
礼拝のお話をしてくださったのは、田口先生。
田口先生は、イエス様が、わたしたち人間の罪のために十字架にかかり身代わりになって死んでくださったこと。
 けれども、よみがえり私たち人間の前の現れ、生きる希望と勇気を与えてくださったとをお話してくださいました。
 田口先生のお話はここで終わりではありません。 突然、机の下からモンチャンが登場。子ども達は大喜び。田口先生は腹話術の先生でもあります。
モンチャンの一喜一憂にすっかり魅了された子ども達。 楽しく喜びを持ってイースターの礼拝を守ることができました。
 お話の後に子ども達を代表して6年生がイースターエッグをプレゼントしました。 田口先生。ありがとうございました。
 イースターエッグは、本日、子ども達全員に終わりの会で配りました。 メッセージも添えておきましたので、ご家族の方もご一緒にイースターの意味について 少しでもご理解していただければ幸いです。
イースターおめでとうございます。 |
| (記:学校長 高田−ブログより−) |
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| イースター礼拝 −2006年4月20日− |
本校では今日、「イースター礼拝」が行われ、神様の豊かな恵みに感謝しました。 今週の16日、キリスト教会ではイースター(復活祭)の礼拝が行われました。
キリスト教の行事でクリスマスは有名ですが、日本ではまだまだイースターについて知られていないところがあるのではないでしょうか。
イースターはイエス・キリストの復活の喜びの時です。それは、私たちのいろいろな弱さ(罪)が、神様によって赦(ゆる)され、希望に向かう新しい命を知るときです。 今日は、日本基督教団金沢長町教会佐藤牧師のお話(メッセージ)を聞きました。
イースターエッグが、本校でも子ども達一人ひとりに配られます。このイースターエッグは諸外国でも、喜びを表すために用いられています。かたい殻は、自分を閉ざすイメージだったり、死んだように見える形だったり…。でも、卵は新しい命とこれからの希望でもあるのです。
私たち一人ひとりは、孤独で独りぼっちということはありません。どんなときにも、一人ひとりを本当に愛してくださる神様、共にいてくださる神様です。私たちは大きな恵みの中に生かされているのです。
喜びの中に生かされるわたしたちは、強く元気に歩むことができます。イースターの喜びはそこにあります。 |
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| 卒業制作「最後の晩餐」 −2005年3月24日(木)− |
卒業式・修了式が終わり、本校は春休みに入っています。
さて、左の写真は、2004年度卒業生が制作した「最後の晩餐」の彫刻です。(縦が1mぐらいの大きさ)制作に当たって、最後の晩餐の絵を色々調べました。すると、多くの画家たちが「最後の晩餐」の絵を描いていることが分かりました。下絵を描いたのも6年生です。 毎年制作される「作品」は、校舎の中に飾られます。
今日この卒業制作をご紹介したのには訳があります。それは「洗足の木曜日」と呼ばれる日だからです。 2005年のイースターは3月27日(日)ですから、主イエスキリストが十字架にかかる(金)前日(木曜日)に、弟子たちの足を洗い、最後の食事(最後の晩餐)をした日が今日になります。(年によって日が変わります。)
教会では主イエスの受難をおぼえ、受難週祈祷会を行ったり、木曜日には聖餐(せいさん=主の晩餐)を行ったりするところがあります。 |
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『それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。(ヨハネによる福音書13:5)』 『一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。(マタイによる福音書26:26〜28)』聖書引用:日本聖書協会訳『新共同訳聖書』 |
記事関連リンク:富山鹿島町教会・礼拝説教(藤掛牧師)
記事関連リンク:富山鹿島町教会・礼拝説教(小堀牧師)
(小堀牧師は2004年度本校クリスマス礼拝でお話をしてくださった先生です) |
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