北陸学院小学校/同窓会のページ
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  卒業生の皆様へ  

 小学校時代のなつかしい思い出。小学生に贈る言葉、小学校へのメッセージ、近況の報告などをお知らせください。ホームページ(HP)で紹介します。
 ホームページ用のメッセージは、「HP用」とお書きください。お便りをお待ちしています。

 hgs7@hokurikugakuin.ac.jp 
  第14回生 同窓会を終えて  井川英二  −2009年8月14日−
 今日の同窓会は特別な思いがありました。何しろ教員になって初めて受け持ったクラスだったからです。

 受け持ったのは30年以上前、記憶も曖昧なところはあるものの、当時のアルバムを見ながら、子どもたちと楽しく過ごした懐かしく日々を思い出しました。

 同窓会当日、小学校玄関に集まった一人ひとり、すぐに名前の出る子とそうでない子がいます。でも、不思議なもので何人もの子たちが、そのお母さんの顔にそっくりになっていました。遺伝子はしっかり受け継がれているようです。

 さて今回の同窓会は、現保護者でもある中濱さんが中心になって全国に散らばっている同窓生の住所を調べ連絡をとってくださいました。おかげでたくさん集まることができました。今年でちょうど卒業30年ということで、卒業以来久しぶりに顔を合わせた子たちもいましたが、みんな40歳前半でもう社会人として、また家庭では良い父や母としての生活をしているようです。

 同窓会は懐かしの二階ホールで、当時歌った賛美歌を歌いお祈りして始められました。一緒に昼食を共にし、近況の報告をしたり小学校時代の時の作文を読んだりしながら当時の話に花が咲きました。また今回、来ることが出来なかったけれど6年の担任して頂いた真行寺先生からのお手紙を紹介し、久しぶりに小学生に戻った気がしたと話している子もいました。みんな再会を嬉しく感じているようでした。

 新しくなった教室棟や廊下を歩きながら、「新しくなったけど雰囲気は当時と同じですね。」「私たちの時はクーラーなんてなかったね。」と話してくれました。

 次回の幹事を決め、再会を約束して短い同窓会は終わりました。
 成長のある時期、同じ場所で同じ時を共有したすてきな仲間たちでした。また、会いたいですね。
  新年あけましておめでとうございます。   −2009年1月16日−
 北陸学院小学校HP"同窓会便り" 第14回生・中浜章子

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 3年前の「小学校校舎改修によせて(2006年8月)」以来、久しぶりに2度目の投稿となります。小学校を卒業してから数十年…。今は子供2人が北陸学院小学校の生徒として学校生活を楽しく送っています。

 自分が小学の頃は親子二世代で北陸学院小学校の生徒になるとは思ってもみませんでした。当時の先生も今は高田校長先生(瀬川先生)と井川先生の2人だけになってしまいましたが、まだ現役でいらっしゃる事も嬉しく思っています。(某先生は「生き残った…」とおっしゃってましたけど 笑)
 それにもうひとつ、当時小学3年と5年の担任だった井川先生が今はなんと…下の子の担任の先生に!親子二世代で…!井川先生またお世話になります。当時の自分を知っていらっしゃるので悲しいような複雑な気分(苦笑)子供ともにいつもご迷惑をかけられっぱなしで、井川先生の髪が全部真っ白になってしまうのでは…と、内心ヒヤヒヤです…。

 でも、親子二世代で同じ担任の先生になれた事はとても素敵な宝です。こういうケースはなかなかないと思います。高田先生、井川先生、三世代まで続くよう現役で頑張って下さいね。

 子どもの学校行事に参加する度に、頭のどこかで小学の自分の姿を子供とかぶって思い出される事も時々あります。例えば、マラソン大会はこのコース辺りで古野君にぬかされてしまい…1位になれなくてくやしかったり(笑)書く力(漢字)テストも懐かしい…。初めての書く力テストが開催された第一回目は 問題のないプリントが配られ、ただ番号が書いてあるだけでした。
 みんな机に座ってしばらくすると教室の放送スピーカーから先生が問題を!番号順で答えを書くというケースでした。聞き逃すと何の問題だったか?何番目だったか?わからなくなってしまい、かなり苦労したので今でも忘れられません。

 懐かしい昔話はこの辺にして、第14回生卒業の皆さんや転校してしまった友達はどうしているのでしょう?気がつけば、成人を迎えてから同窓会というものを一度もしていません。そこでお知らせ!
 第14回生卒業生&転校してしまった友達へ
 今年の夏(2009年8月初め予定)に北陸学院小学校で同窓会を開きたいと思っています。新しくなった校舎で懐かしい先生方と共に小学の時の思い出話を語りましょう。ぜひ空けておいて下さいね。また、もう一つお願いがあります。

 第14回生卒業の皆さん&転校してしまった皆さん(谷君、南君、百田君、長谷川君、橘さん、香川さん、山田さん)の住所がほとんど不明で連絡できない状態になっております。中にはご結婚されて名前や住所が変わられた方もいらっしゃると思いますので、これを御覧下さいましたら 北陸学院小学校・高田校長先生&井川先生、または第14回生・中浜までご連絡をお願い致します。お待ちしております。
 第14回生・中浜より
  途中で転校した25回生と同級の佐藤涼介です   −2007年8月22日−
 先生方お元気ですか。途中で転校した25回生と同級の佐藤涼介です。

 前回は2年前にお便り差し上げましたが、現在ボクはベルギーに住んでおります。
時が経つのは早いもので、赴任して1年半が経過しました。こちらでの生活も慣れましたが、最初は大変苦労しました。ボクは就職するまで約15年間海外に住んでいましたが、ここでの生活は、今までの海外経験が無意味に思えるくらい異次元な世界に思えました。

 今までは英語圏に住んでいたので、それは日本とは変わりない生活が送れたのですが、ヨーロッパでの生活は英語圏とは全く異なった世界です。異なる文化やアイデンティティを持った民族が共存した世界です。それに国々が陸続きである為、文化や人間も流動的です。ベルギーは主要言語としてフランス語、オランダ語、ドイツ語の3カ国語が共通語になっており、私生活では今でも苦労しています。
 自宅の周辺はフランス語圏で、近所の住民もフランス語しか喋れません。会社はオランダ語圏にあり、ボクの会社は日系企業の現地法人ですので、現地スタッフとの共通言語は英語になりますが、現地スタッフ同士はオランダ語で会話をしています。出張も多く、ヨーロッパ中を頻繁に訪問するお陰で、色んな国の言葉も挨拶やレストランのメニューを解読する程度なら理解できるようになりました。これもヨーロッパならではです。

 今ボクがしている仕事は、ヨーロッパ本社のマーケティング部署で、各支店に対する販売サポートや、技術サポート、そして、日本の本社や工場との架け橋となって日々忙しい生活を送っています。同じヨーロッパでも国が違えば状況や文化も異なるので、日々のやり取りがとても新鮮で、いい経験をさせてもらっています。

 たまに小学校時代の同級生が近況報告をしてくれているので、最近完了した校舎の改修工事の事も聞きました。先日はまた同級生で同窓会をしていたそうですし、ボクの姉(22回生)も先日三小牛を訪れて先生方は元気そうだったという話を聞いて安心しました。
 ボクも来月また日本に帰任になるので、帰国後、冬を迎える前にまた時間を作って小学校を訪問しようと思っていますので、宜しくお願いします。
1.休暇先のイタリアで(ピサの斜塔)
2.ベルギー現地法人のスタッフ一同と
3.イギリスの学会の自社展示ブースにて

  第12・13回卒業生同窓会   −2007年8月20日−
 8月18日(土)2つの同窓会がありました。
 1つは第12回の卒業生もう一つは第13回の卒業生の同窓会です。

 始まりの時間は12時と午後3時でした。同窓会のために小学校の名誉校長の小川 和子先生も出席してくださいました。

 それぞれ卒業後の近況報告をしてもらいました。女の子の多くは北陸学院中学に進学し高校も北陸学院を卒業した人達がほとんどでした。

 男の子達は、当時、学院の中学は男女共学ではなく公立の学校に進学しました。
 (現在の学院はいい。ひょっとしたら自分が北陸学院中学に進学していたら人生が変わっていたかも知れないと男の子の感想。)

 卒業アルバムやスナップ写真を見ながら小学校時代のことが話題になりました。
 スキーの授業では、ほとんどの子どもは長靴スキーでうまくすべれなかったこと。水泳の授業も今のようなプールがなく市営プールでしたこと。

 卒業の時に書いた学級文集を見て、当時自分が書いた文章を懐かしんでる人もいました。 中には、毎週土曜日の礼拝の後にもらった聖句のかかれたカード(現在の誕生カード)を今でも大切にもっている人もいました。

 新しくなった校舎を見て、
「新しくなったけれども、前の校舎のイメージが残っている。」「もう一度ここで勉強したくなった。」「自分は短大の卒業生だけれども、学生の時は外からしか見ていなかったので中の様子が分からなかった。けれども、昔の良いところがそのまま残っているのでうれしかった。」「外観と内部の雰囲気が合っている。」と感想を述べていました。

 自分達が卒業した学校で、卒業した仲間が約20年ぶりに集まって当時受け持たれた先生方と同窓会が出来るなんて本当にすばらしいことだなと思いました。
(記:学校長 高田)
  第22回卒業生同窓会   −2007年8月16日−
 8月15日(水)午後3時ごろ 第22回の卒業生の二人が本校を訪ねてきました。

 本当は同窓会を予定していたのですが、結局小学校に集まることが出来たのは二人だけだったということでした。訪ねてきたのは、まさひで君としずかさん。
 まさひで君は金沢に現在も住んでいますが、しずかさんは同窓会があるというので、わざわざ東京から今日の日のために実家にやって来ました。(実家は野々市町。)
 二人はまず新しくなった校舎を見学しました。改修した児童玄関・家庭室・教室・体育館などを見てびっくりした様子。
 「温かみがある校舎だね。」「今の子ども達がうらやましい。」と感想を述べていました。

 「カーペットを敷いてここで礼拝をしました。」と 2階ホールを見て感慨深げに話していました。
 「今でもスキーの授業をしているのですか?」とか「夏期学校は続けてしているのですか?」などと質問もありました。

 今回の同窓会は、まさひで君がたまたま仕事の関係で同じ同級生のこうじ君に会ったことがきっかけでした。(こうじ君は二次会に出席の予定。)
「先生は昔のまま変わっていない。」と二人の感想。
 井川先生が取り出してくれた卒業アルバムやスナップ写真を見ながら、昔のことを思い出して話がつきないようでした。
 この後、二人は、今日学校に来れなかった同窓生が集まる予定の二次会に向かいました。
二人には、小学校は校舎は改修し新しくなりましたが、いつまでたっても「心のふるさと」であったようです。
 
 礼儀正しくお別れの挨拶をしていった二人を見送りながら、成長した卒業生に感心すると共に、これからの歩みを祈りました。
(記:学校長 高田)
  卒業生同窓会   −2007年8月14日−
 8月11日(土)に第40回卒業生の同窓会が行われました。
 同窓会は夏休みに行われることが多いようですが、昨年と今年は、今までと違う思いがあるようです。
 それは、昨年は教室棟の校舎改修のための工事。そして今年は新しくなった校舎への少し複雑な思いがあるからです。

 昨年、同窓会が行われた卒業生に聞いてみると、
 「懐かしい校舎がなくなってしまうのは寂しい。」「自分も校舎に名前を書いていきたい。」と、惜しむ声がありました。

 さて、今年新しくなった校舎を訪れた卒業生達は…。
 「わー!きれいになった。」「きれいになったけれど、昔と変わっていない。」「景色は昔のまま。」「(新しくなった木目の見える教室に)昔の感じが出ていて、変わっていないような気がする。」「ステンドグラスがいい。」…。などの声がありました。

 同窓会では、「今、何している。」「昔と変わっていないね。」という話題で盛り上がります。
 改修された新しい校舎も同じです。基礎となる柱は残っていますから、表側は新しくなっていても中は昔と変わっていません。

 先生方はどうでしょう。立派になり、小学校を訪ねてくれた卒業生達をうれしく思います。そして卒業生達は…「先生!歳とったね…」と。

 第41回卒業生の同窓会は8月3日に、第40回卒業生が8月6日に行われました。
 さらに15日は第22回卒業生、18日は第12回卒業生が午後12時から、第13回卒業生が午後3時から同窓会を予定しています。

 同窓会に来ていた卒業生が、「小学校時代に戻りたい!」と話してくれました。楽しかった小学校生活の思い出が、溢れるように出てきたそうです。

 その楽しかった思い出は、人生の中できっと生かされていくと、思いました。
(記:教務 釜土)
同窓会(第41回卒業生)  −2007年8月2日−
 8月2日(水)は 第41回卒業生の同窓会が午前10時から本校の2階ホールで行われました。
 (昨日から卒業委員の保護者の方々が来校され会の準備をされました。)
 子ども達は、卒業以来の再会がよほどうれしかったのか、終始笑顔で話がはずんでいしました。

「とくかくうれしい!」「アルバムを見ているとずいぶん変わった人もいた。」「声変わりをした人がいる。」「全然変わっていない。」「なつかしい!」と話はつきない様子。

 今日は、サッカークラブの練習日でもあり、サッカークラブOBの中には、同窓会が始まる前に練習に特別参加し汗をながしている人もいました。

 さて、同窓生に中学での生活の様子と近況報告をしてもらいました。
 クラスの委員長になりリーダーとして活躍している人。クラブ活動で楽しく学校生活を送っている人。
 (ブラスバンドクラブ、陸上、男の子でクッキングクラブに入部した子や珍しいボランティアクラブに入り活躍している人もいました。)

 今日の同窓会のために、他の行事を断って参加した人や、習い事(バレエ)の発表会が東京であるため出発の便(飛行機)を一便遅らせて参加した人もいました。
 改修した校舎。卒業生にとっては新鮮に映ったようです。最後に水泳も楽しみました。なつかしいあのプールで。

 更衣室が美しく改修されたことに感激したようです。

 担任だった原田先生。
「みんな大人っぽくなった」と。
 来年また同窓会をすることを約束してお別れをしました。

 同窓生のこれからの歩みと健康を祈りました。
(記:学校長 高田)
先生方、ご無沙汰しております。  −2007年6月4日−
 卒業生の横 聖美です。

 皆様お元気にしておられるでしょうか?真夜中に急に小学校時代の事を思い出し、居ても立っても居られなくなりメールを書き始めました。

 同窓生の皆は、もう大学一年生なのですね...! 時が経つのは本当に早いです....(今年で19歳だなんて!!)
 英国留学も今年で四年目となり、9月からは私も最終学年になります。

 今はバレエとアートの分野で認められ、こちらの先生方、同級生、下の学年の子達からも信頼を得て充実した学校生活を送っています。
実はバレエよりも美術の方が伸びてしまい、美術科の監督生に就任してしまいました。次はイタリアの美術大学にも行ってみたいな...と企んでいます。

 今年の一月にはプロのバレエカンパニーのオーディションを受けに、オランダまで行って参りました。結果は暗黙の了解で落ちてしまったのですが、200人中たった一人のダンサーだけが受け入れられるという厳しい世界です。
 これを経験として受け入れ、また何百とあるヨーロッパのダンスカンパニーの扉を叩いて行きたいと思います。

 今年の夏は、留学前に通っていたバレエのお教室の発表会に出演させて頂くことになっているので、頑張って課題を練習中です。

 実はバレエ教室に北陸学院小学校に在学中の生徒さんがいらして、小学校が校舎改修とお聞きしました。
 ちょっぴり寂しくも思いましたが、新しい校舎で生徒の皆さんが素晴らしい学校生活を送られる事を心よりお祈り申し上げます。

 それでは、日本は季節の変わり目だと思いますので、先生方もお体に気をつけてくださいませ。また帰国次第、小学校にお訪ねさせて頂きますね。乱文お許しください。失礼致します。

 横

 PS.写真送付させて頂きます。
 一枚目は前回の美術の実技試験で描いた「明暗」の題の絵
 二枚目はオランダのダンスカンパニーオーディション中の写真
 三枚目はこちらもまた美術の課題で使った写真です
こんにちは。 25 回生の岡本 卓です。  −2006年12月27日−
こんにちは。久しぶりにHPの同窓会便りをみたら25回生の懐かしい顔ぶれが写っておりメールしてみました。

 本当は自分も参加したかったのですが、あいにくお盆の為、実家の花屋を手伝っているために忙しくて参加することができませんでした。

 卒業してからは一度しか小学校に行っていないので、仕事が暇な一月か二月に訪ねてみようと、思っています。覚えてくれていたらうれしいんだけどなぁ。
 今年は病気も発症してしまいました、シトルリン血症といい、確率は九万人に一人の割合の病気にかかって入院も三回しました。現在も治療中です。
(写真は8月の25回生)
同窓会 第30回卒業生  −2006年10月8日−
 第30回卒業生の同窓会が小学校で行われました。

 みんながお酒を飲める年齢になったらタイムカプセルを開けようと約束して巣立っていったあの日から10年。その日が来ました。

 結局集まることができたのは10名でしたが、みんな成人し、社会に出て働いている子、赤ちゃんを連れた子、ボーイフレンド連れてきた子、就職活動に忙しくしている子、自衛隊員になった子、まだまだ学生生活をしている子、成長した懐かしい姿を見ることができたのは何より嬉しかったです。

 夜はあの日の約束通り乾杯をして食事、小学校時代の話題に花が咲き今の自分の様子なども話し、今日来ることが出来なかったメンバーにも日程を調整して来年も一緒に食事することを約束して分かれました。みんないい子に成長していました。

 ところでタイムカプセルですが、みんなの曖昧な記憶をもとに掘り始めること5分で見つかったと思ったら、他の卒業生のタイムカプセルで残念。ガーン!!!

 雨の中、半分あきらめムードが漂い始めた時、「先生、出てきた!!」ツヨシ君とアルビン君が見つけてくれました。掘ること一時間、外庭は穴だらけになりました。当時あった栗の木がなくなっていたり、新しくクワの木が生えていたりして、結構見当違いの場所を掘っていました。

 タイムカプセルの中には10年後の自分にあてた手紙や記念の寄せ書き、記念品など、みんな懐かしそうに見ていました。その時だけは、当時の小学生に戻ったようでした。楽しい一日でした。(記:井川)








 タイムカプセルを探した後の中庭は、巨大なモグラが出没した様になっていました。
 モグラの正体は、第30回卒業生です。後始末をするのは当時6年生担任だった井川先生です!

 次回の(モグラ)同窓会を楽しみにしています。
卒業生!小学校校舎改修によせて4  −2006年8月19日−
3年生保護者 中濱章子(14回生) 小学校校広報誌「路の光」より 
 「ママ、カエルをつかまえたよ!」校舎でカエルを見つけた我が子。まるで昔の自分がそこにいるようだ。
 私も小さい頃は、ああやってよく虫やカエルをつかまえていたなぁ。
 校舎は昔と違って少し新しくなっていましたが、校舎から見える空と庭、海が見える景色、校舎の匂いは変わらず昔のまま。

 木の校舎はとても古いけれどいろんな楽しみを教えてくれました。

 例えば、昔は雨が多い6月になると 校舎のあちこちに雨漏りが出て、
 「先生!大変だよ!ここ漏れてるよ!」「洗面器もってくる!」
 同級生と雨漏り探検をやりながら洗面器やコップを持ってきたり、教室や廊下、校舎の中にバケツや洗面器など沢山並べて雨漏りの音が愉快に「ピチャン♪ピチャン♪」とハーモニーになって雨漏りのコンサートが聴けたのも楽しい思い出の一つです。

ほん
 19日は各教室のエアコンの取り外し作業が行われています。このエアコンは新しい校舎でも使います。

 冷暖房の空調設備はそのままですが、さらに新しい校舎では、冬の寒さに対応するためFFクリーンヒーターも整備される予定です。また、断熱材によってより暖かくなります。

 これで厳しい暑さ、寒さも快適な環境となるでしょう。 
 卒業生!小学校校舎改修によせて3  −2006年8月15日−
 15日もお盆休みのため、工事は行われていません。
 
 その校舎に26回卒業生が来てくれました。
 校舎を見て「間に合ったー!」と。

 でも、校舎(教室棟)はフェンスがあり「あぶないからはいってはいけません。」が張ってあります。

 今日は工事をしていませんから、こっそり?校舎に入りました。
 「懐かしいー!」「あれ、?職員室の場所が違う。」…1998年に現在の職員室の場所に替わりました。
 「図書室の下が職員室になったんだ。」…1992年、現在の職員室2階資料室は図書室でしたが、この年今の図工室が図書室兼図工室になりました。
 「家庭科室がきれいになったね。」…2004年家庭科室改修工事完了。
 「校舎改修工事、どこまで変わのですか?」……

 これらのことから、(^_^;)10年近く小学校に来ていないこと。北陸学院小学校のホームページを見ていないことが明らかになりました…。
 井川先生が、「ホームページを見なさい。」と話しました。…「はい、分かりました。」

 でも10年以上、小学校を離れていても…校舎とお別れをしたい思いを知るとき、教職員はうれしい気持ちでいっぱいになります。

 来校されたまみさんは「ハンドベルが懐かしい。またやりたい。」と、話してくれました。
 懐かしい思い出話が進み、「年内に同窓会を開きたい!」という事になりました。

 近況報告(仕事のこと結婚のこと…)と、一緒に出てくる思い出の数々…この校舎(柱)は全て知っています。

 さて、26回卒業生記念制作は…各教室の「看板」です。仮校舎の時も使うことになっています。 
 卒業生!小学校校舎改修によせて2   −2006年8月11日−
 11日、25回卒業生(左写真には23くらい…となっていますが、調べてみると25回卒業生でした。)が連絡を取り合って小学校にきてくれました。

 15年前の卒業生ですから…子ども連れ…。保護者の方は…孫を連れて来校された方もいらっしゃいます。

 やはり校舎改修を聞き、みんなで最後にお別れをしたいということでした。懐かしい校舎です。教室、廊下…「あれ!」
 卒業生たちが見つけた物は、小学校5年生の時の「版画の作品」…「まだ貼ってある。」と驚きました。

 実は「スキー置き場」「プールの時の着替え場所」となっている、1年教室の下の部屋ですが、昔は図工室として使っていました。そして上の方に作品が貼られていたのでそのままになっていたのです。
 懐かしいやら、嬉しいやら…、大騒ぎでした。

 15年という長い時間が過ぎましたが「小学校の思い出は今でもはっきり覚えている。」そうです。



 見つけた版画は、思い出と一緒に持ち帰ることになりました。
 思い出はいつまでもいつまでも残ります。新しい校舎になっても…。

 卒業生!小学校校舎改修によせて1   −2006年8月4日−
 小学校校舎改修の情報は、卒業生にも広がっています。

 例年よりたくさんの卒業生・保護者の方が小学校に来校し、懐かしい教室や廊下など、写真を撮ったり思い出を校舎に記していました。

 卒業生にとって思い出の教室No.1は、「6年教室」のようでした。「6年間の思い出がギュッと詰まっている。」そうです。在校生と同じように(校舎に)、来校できなかった友だちの名前を全員記す子がいました。(今でもフルネームで全員書けるそうです。)
そして写真!「みんなに渡したい。」と。

 思い出No.2は「1年教室」。「入学した頃の思い出は、今もはっきり覚えている。○○先生がね…。」と話してくれました。

 4日の教室は、机や椅子、ロッカーもはずされてガランとしています。でも卒業生の目には、思い出一つひとつの教室に「机や椅子があり、そこに友だちの姿」が映っているようでした。

 改修工事によって教室の雰囲気は変わるでしょう。でも、「柱」は全て残ることから、空間としての教室の広さや景色は変わることはありません。

 設計の長村さんの「柱は歴史です。」という言葉。
 卒業生にとって、少しホッとする言葉として残ります。 
同窓会だより 「上中若菜さんより」  −2006年6月12日−
上中若菜さんからメールが届きました。 (写真は当時のものです)
 こんにちは。先生方、お元気でしょうか。
34回卒業生のうえなか わかなです。前回同窓会便りにメールをお送りしてからはや三年。
その間に無事高校を卒業し、大学生になることが出来ました。

 大学は小学校のときから行きたいと思っていた「音楽大学」に無事進学できました。
自分が本当に行きたかった国立音楽大学は落ちてしまったけど、
今行ってる昭和音楽大学で素晴らしいクラリネットの先生に出会えて、すごく毎日が充実しています。

 演奏家までの道はとても長く険しいものだと思いますが、焦らず、じっくりと頑張っていこうと思っております。
私が6年生だった時の1年生がはや中学生になり、時がたつのは、予想している以上に早いと痛感させられます。

 最後の文集三子牛でクラスメイトが「卒業生が色々な楽器を持って小学校に集まり、小学生に楽しんでもらえるようなコンサートが出来たらと思っています」と書いたように、これからも勉強を頑張っていきたいと思っています。

 それではまた。
同窓会だより 「佐藤涼介さんより」  −2005年12月15日−
こんにちは。
僕は1年生〜4年生(1985年〜1989年)まで在籍していた佐藤涼介です。

 小学校を離れてから家族でオーストラリアに移住し、一昨年まで約15年間住んでいました。現在は大阪にある医療機器・医薬品メーカーで海外営業をしています。やっと久々の日本での生活が始まったばかりだというのに、先日転勤を命じられ、来年の3月にベルギーのブリュッセルに駐在する事になりました。
 大阪に引っ越してからは金沢も近いので、時間があれば訪れたいと思っていたのにちょっと残念です。
 でも、たまに小学校のホームページを拝見しますが、僕が在籍していた頃とは何も変わっていなく、自然はそのまま残っているようなのでちょっと安心しました。変わった点と言えば、制服が新しくなった事くらいですかね。

 北陸学院の生徒だったおかげで真の国際人になれた事を自分では誇りに思っています。オーストラリアの生活にすぐ溶け込めたのも、これからベルギーに行くことを会社に命じられたのも、元々は北陸学院で何の抵抗もなく英語の授業を受け、複数の外国人の子供たちと一緒に学校生活を送った事が一番の理由だと思っています。

 これから僕も新天地で頑張りますが、在校生の子供たちも真の国際人になれるよう暖かく見守っていこうと思っています。
 まだ残っている僕の昔の担任の先生方、これからも身体にはお気をつけて頑張ってください。
  (下の写真は1988年当時:最前列左から3番目が涼介さん、一番右は藪田先生)こんにちは。
同窓会だより 「横聖美さんより」 −2005年10月31日−
 北陸学院小学校の先生方お久しぶりです。卒業生の横聖美です。

 北陸学院中学校を卒業してから、いきなり英国へ留学という無茶な道を選んだ私ですが、こちらに住み始めて二年目。ようやく英国に慣れてきたようです。

 日本で数えれば私は今高校2年生なんですね。信じられません。やはり全ての授業(国語、数学、化学、物理、生物、バ レエ、モダンダンス、IT、美術、宗教学等)を全て英語でこなすというのは非常にきついです。特に始めは周りが何を話しているのかも分からず、毎晩家には泣きに帰ってくる様なものでした。

 でも苦労は報われるものですね。
 今では授業も何とかこなし、来年の進学テストに向け受験勉強をしていますし、英会話はパーフェクトとはいえませんが不自由無く学校生活を送っております。こちらで修得した英語スキルのお陰で、この夏休みは日本でお世話になったバレエ教室に戻り、アメリカのバレエカンパニーのプリンシパルの方と踊らせて頂 きました。小学校卒業時と変わらず頑張って踊っています。

 今目標にしている大学はズバリ、ロンドンのRoyal Academy of  Dance. 3年制で、バレエ教師についてもダンサーについても勉強出来るとても良い学校だそうです。今在籍している学校から推薦を頂けるかもしれま せん。また美術に興味がありますので、美術大学への進学も考えています。こちらも推薦と奨学金が頂ける確率が高いので。

 英国に留学して私の視界は一気に広がりました。特に英国には世界中の人達が忙しなく出入りするわけで、色々な国の人々と交流が出来ます。ヨーロッパ貴族の方々まで...!!とても日本だけでは狭すぎます!
 私はこれからもっともっと色々な事にチャレンジして、何かの分野で人々に認められる第一人者になりたいです。

 終わりに、私に素晴らしい小学校生活を与えて下さった先生方に心からのお礼と感謝を。
そして北陸学院小学校の上にいつまでも神様のお恵みがありますようにお祈りしております。
同窓会だより 「木内円さんより」 −2005年9月20日−
 こんにちは。
 第34回生の方と同級生の木内円です。先生方はお元気でしょうか?私は小学校4年生の時までしか在籍していなかったのですが、北陸学院で過ごした4年間は私にとって、とても大切な思い出です。
 春の遠足や、夏期学校、スキー合宿など、考えるといろいろ思い出されるのですが、一番の思い出はハンドベルクラブです!!少ししかいられなかったですが、本当に楽しかったし、ほかの学校ではこんな経験はできなかったと思います。釜土先生にもすごくお世話になりました。ありがとうございましたっ!!

 今は公立の高校に通っていますが、はやいもので、もう受験生になりました。できれば高校卒業までに一度学校を訪ねたかったのに、行くことができなくて残念です・・・。でも大学に入ったら金沢に行きたいと思っているので、そのときはよろしくお願いします。

 最後に・・・小学校時代お世話になった先生方、本当にありがとうござ いました。
 同窓会だより「東 加奈さんより」  −2005年3月15日−
先生方へ 
拝啓  まだ寒さが残る中、雲の合間から射す光がやわらかに感じられる季節になりました。先生方には、お変わりなくお過ごしのことと思います。
 さて、お久しぶりです。こんにちは。私は、そちらを三年前に卒業いたしました、第三十六回卒業生の東 加奈と申します。受験も終わり、卒業式を終え、時間に余裕のある日々がやっと訪れました。そこで、このようにメールを送らせていただいております。

 早いもので、私ももう高校入学という時期になりました。中学三年間は、小学校での日々に勝るほどの良い思い出を沢山つくることができました。毎日の厳しいバレーの練習や、郡の主張大会で賞を頂いたこと、クラスの副会長を務めたこと、クラスで工夫してつくった団旗を掲げて奮闘した運動会、歌の途中にアカペラや言葉を入れて声が嗄れるまで歌い,指揮を務めた合唱コンクール、そして、「毎年良い卒業式だ」という評判を崩さないように学校全体で取り組み、別れを惜しんで涙が止まらなかった卒業式。後輩が歌ってくれた歌や、先生達には内緒で歌を練習し、当日に大きな拍手をもらったこと、どれも胸の奥に刻み込まれています。三年間、本当に短かったです。
 さて、私は県立高校を受験し、あとは結果を待つのみとなったのですが、正直なところ不安で一杯です。合格できるか、という不安もありますが、高校へ入学してから友達がつくれるか、という不安も大きいです。私の受験した高校は遠いので、私の通う中学から受験した人が少ないのです。この不安な気持ちは、中学入学の時にも感じたことがあります。六年間、かけがえのない大切な友達と小学校生活を共に過ごし、共に支えあいました。しかし、同じ小学校の友達とばらばらの中学へ進学する事になり、最初は「中学に行きたくないな」と思っていました。けれど、「小学校の時のように、心から楽しいと思える日々を新しい友達と過ごせるのなら、、、」と思い、慣れない公立中学校の生活にとけこむことが出来ました。
 北陸学院小学校で過ごした六年間という長いようで短いあの日々は、私の中学校生活やこれからの長い生活の一番の支えとなっています。毎日の礼拝などで学んだ聖書の教え、三小午という大自然の中でいろいろな発見や体験をしたこと、趣のある大好きな木造校舎の中で仲間と共にたくさんの事を学んだこと、他にもここには書きつくせない大切な思い出、どれも私の自慢できる事であり、今、胸の奥で最も大きな支えとなっています。今でも時々、聖書を開いて毎日の礼拝を思い出していることがあります。とても豊かな自然のある地域に住んでいる私ですが、やはり三小午の自然の素晴らしさを懐かしむことがあります。
 中学に入学したばかりの頃は、「北陸学院小学校の出身だ」と言うと、必ず「ミッションってどんな所なん?」と訊かれました。そんなとき私は、「自然にかこまれた最高の学校」などと、胸を張って答えることが出来ました。一年生の頃だけでなく、今でもそう思っています。北陸学院小学校で六年間過ごせたこと、かけがえのない友達や先生方と一緒に一生忘れることのできない思い出をつくれたこと、北陸学院小学校でしかできない貴重な体験ができたこと、本当に私は誇りに思います。北陸学院で六年間過ごせて良かったです!
 先生方のご健康とご活躍、母校の発展をを心よりお祈り申上げます。
                                        敬具
「高橋香苗さんより」1994年度入学 2005.1月
 1994年度入学の高橋香苗さんから「同窓会だより」としてメールをいただきました。香苗さんは2年生になるときにご家庭の都合で県外へ転出されましたが、1年生の時の北陸学院小学校の思い出が、特別な学校として今でも心に残っているそうです。
 写真は、去年本校を訪ねてくださったときのものです。


 こんにちは。
 この1つ前に書き込んだ方より更に北陸学院在籍歴が少ないですが、やはり元在校生なので書き込ませていただきました。1994年度に1年だけ在籍させて頂いた、現在高2の高橋香苗です。

 私は現在神奈川県の中高一貫校に通っています。北陸学院を離れ、首都圏の方に出てきて一時ミッション系の小学校に編入をしたのですが、そこではなかなか本当の宗教教育というものに触れる機会がなく、小学校1年で北陸学院で教育を受けた私は、北陸学院のような学校が普通と思っていたので、少々驚く事もしばしばありました。その時に北陸学院の良さというものを身をもって感じた気がします。
 今は無宗教の学校に通っていますが、北陸学院での1年はそれから今までの10年以上に濃い教育を受けることが出来たなぁと思います。たった1年しか居ることができず、「金沢に帰れたら」と思うことがしばしばあった私ですが、この前10年振りに金沢に行って北陸学院を尋ねた時に、たとえ1年でもここに在籍することが出来たということは幸せなことだと思いました。
 私は北陸学院に感謝の気持ちでいっぱいです。
「初のお便りです」植田和音 2004.10.
 こんにちは。1998年に小学校3年生で茨城のほうに越してきたため,北陸学院を離れた植田和音です。久しぶりに,思い出の小学校のHPを見ていました。私は幼稚園から小3まで北陸学院でお世話になっていました。今は茨城の公立の中3です。卒業生ではないですが,元北陸学院の生徒なので投稿させてもらいました。
 北陸学院では同級生そして先生方にとてもお世話になりました。私の個性を引き出してくれ,今とてもう役に立っています。特にハンドベルクラブがとても印象深く,釜土先生には本当にお礼を言いたいです。この場をお借りして,私を支え,面倒を見てくれた先生方そして同級生の卒業生,先輩方・・・本当にありがとうございました。
「お久しぶりです!!」中村月香(第36回生) 2004.4.
 お久しぶりです!!第36回卒業生の中村月香です♪あっという間に時は過ぎ・・・もう中学3年生になってしまいました^^;幼稚園からこの北陸学院に入り、今は北陸学院中学校に在籍しております。小学校のHPを久しぶりに開いたら、同窓会のページがあったので投稿させていただきますm(_ _)m

 小学校では、三小牛の大自然に恵まれ、大変充実した6年間を送ることができました!先生方にはお世話になり、いろいろな事を教わりました!!!『アットホーム』とは、この学校のことをいうんだ!と思うほど和気藹々とした雰囲気の中で過ごした6年間。学習活動の中での思い出。クラブ活動の中での思い出。クラスの仲間との思い出。今でも、数々の思い出が頭を駆け巡ります(≧ー≦ノノ)
本当にこの小学校に入ってよかったと思い、小学校でお世話になった方々、学校に通わせてくれた親にも感謝しています(>_<)

 中学校生活はとても充実したものです☆彡生徒会役員としての活動をはじめ、ハンドベル、バイオリンやパイプオルガンの奏楽など・・・
数々の良き経験をたくさんさせていただきました!!!とっても行事の多い学校で、球技大会・演劇コンクール・文化祭・運動会・ページェント・・
一言では言えないような学校です♪♪中学校も小学校と同じく和気藹々とした環境の中で中学校生活を送ることができると思います!

 大切な小・中学校生活をこの北陸学院という学校で過ごせたことによって、たくさんの経験ができたし、そのうえ、たくさん学びをいただくことができました!!この『学び』はこれからの人生にとって、とても大きなものになっていくに違いありません。お世話になった沢山の方々にお礼を申しつつ、これからの人生も日々『学び』を大切にし、歩んで生きたいと思いますm(_ _)m
 このような機会を与えてくださった釜土先生、ありがとうございました(笑)失礼いたします・・・
sizen02

今、辞めるに当たって  -感謝-   田中 節子 2002.3
 「一日も早く北陸学院人たれ」との番匠鐵雄先生のお言葉と共に、北陸学院小学校に勤めさせていただくようになってから、21年の年月が過ぎ去りました。今、辞めるに当たって、番匠鐵雄先生がおっしゃった北陸学院人にどの程度なることができたかは、自分でもはなはだ自信がありません。
 朝の礼拝で始まる一日。食前の祈り、開会前の祈り。これまで経験したことのない祈りのある生活。北陸学院小学校に来て最初に感動したのは、礼拝での子どものお祈りでした。4年生か5年生の女の子でしたが、こんな小さな子が上手にお祈りするなあ(お祈りに上手、下手はないのですが)と、あの時は、心底、感心しました。それと、最初の年のクリスマス礼拝。当時は、今のように暖かく立派なチャペルで行われたのではなく、古い木造の体育館で牧師先生がクリスマスのお話をなさいました。また、ページェントも、教室から運び込まれた教壇を並べて作られた仮設の舞台で演じられたものでしたが、とても印象深かったのを覚えています。  
 北陸学院小学校に勤めるまで聖書を手に取ることもなく過ごしてきた私ですから、この学校に勤めることがなかったら、きっと一生讃美歌を歌うことも、聖書を開くこともなく、人生を終えていたことでしょう。神様は私にこの学校に勤めさせることによって、聖書の存在、神の存在を知らしめて下さったのだと、度々、思うことがあります。そして、同時に、たくさんいた同級生の中で、なぜ私に、私のような者にと、不思議にも思います。この北陸学院小学校に勤めさせていただいたことは、そういう意味で、私の人生にとって、とても大きな意義があります。
 この学校に勤めていればこそできた数々の経験、出会えることのできた多くの方々、又、そこから学ばせていただいた数多くの事柄にも、心から感謝しています。「21世紀を担う子どもたちの教育は若い方が 」という思いが年々強まってきていた昨今です。で、本年を以て、辞めさせていただくことにしました。長い間、ほんとうにありがとうございました。
sizen02

卒業生の皆様へ  hgs7@hokurikugakuin.ac.jp 

 小学校時代のなつかしい思い出。小学生に贈る言葉、小学校へのメッセージ、近況の報告などをお知らせください。ホームページ(HP)で紹介します。
 ホームページ用のメッセージは、「HP用」とお書きください。お便りをお待ちしています。

sizen02


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