桜茶をつくろう

北陸学院小学校
  本校の国際交流活動では、
 (1)英語に親しむ (2)英語のコミニュケーションを身につける (3)広い視野をもてる国際人に育てることをねらいとし、また、異文化による物の見方や考え方の違いなどを理解し英語を通して知る外国文化の楽しさを児童に体験してほしいと願っている。
 オーストラリアジブゲイト校との交流は、1990年から現在に至るまで続いている。

はじめに 1.北陸学院小学校における国際交流
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 「人から学ぶ、自然から学ぶ、世界から学ぶ」(学校案内より) 

 北陸学院小学校は、多くのキリスト教小学校がそうであるように、創立の当初からキリスト教教育と英語教育をその柱とし、当初からアメリカやカナダからの宣教師による英語の授業が行われていた。現在、1年〜6年までは週2時間行われ、また、学芸的行事の中で、英語による発表会を行うなど普段の授業をより高めている。
 これらは、
(1)英語に親しむ
(2)英語のコミニュケーションを身につける
(3)広い視野をもてる国際人に育てることをねらいとし、また、異文化による物の見方や考え方の違いなどを理解し英語を通して知る外国文化の楽しさを児童に体験してほしいと願っている。
2.国際交流の目指すもの
 日本の社会を見るとき、国際化・情報化・高齢化、科学や経済の発展など大きく変化しつつある。特に諸外国との関係を見るとき、単に物流の関係だけでなく知識、文化、情報など多岐にわたっている。また、世界の一部の国だけでなく多くの国との交流が盛んになっている。

 学校にも様々な国からの帰国児童や在日外国籍児童が在学するようになってきた。このように子供たちを取り巻く社会の環境の変化に対応するためにも、これからの国際社会で活躍するためにも国際理解教育を進めていかなければならない。
 そのためには自己主張や表現力の育成にとどまらず、諸外国を理解し、世界の中の日本人として必要な資質、能力、態度の育成を図る。

 @異文化の理解
 諸外国の文化、風俗、習慣に興味や関心をもたせるとともに、多様な価値観に基づき、それらを正しく理解し、尊重する態度を育てる。 

 A自国文化の理解
 日本の文化を正しく理解し、尊重する態度を育てる。

 B自他の尊重
 自分と異なる物の見方や考え方をする人々の存在に気がつき、それらを尊重しながら、そのことを通して自らの見方や考え方をより豊かなものに育てていく。 

 Cコミニュケーション能力
 自分の見方や考え方をもち、それらを明確に表現する能力を育て、またマナーやエチケットを身につけ、より良い生活をおくる態度を育成する。
3.本校の国際交流
 @外国籍子女・帰国子女の受け入れ

  北陸学院小学校は北陸唯一の私立小学校ということ、そしてアメリカ人・カナダ人 教師による英語の授業を行っていることもあって、外国籍子女・帰国子女の入学希望者が多かった。学校でも国際理解教育の一環として、学校生活の中で外国籍児童をとおし、異文化にふれることは最も有効な機会であると考え、入学希望者を積極的に受け入れてきた。
 (外国籍子女・帰国子女の指導)

 (1)教科指導
 編入試験の到達度、学級における適応状況を教師が把握し、未学習分野について放課後個人的に指導を行う。一方、保護者との連絡を密にし、ドリル学習、読書など家庭でも援助することを求めている。日本語、特に漢字や語いに関し著しく困難な場合、児童が英語圏からの入学であれば、本校の英語授業から取り出して担任もしくは級外教員が指導を行う。

tomodati-s.jpg (17068 バイト) (2)特性の保持・伸長
 英語の授業の中で、発音・会話などについて活用をする。英語劇などの発表会では進行役をつとめるなど英語力の保持に学習面で保持する。

 (3)国際理解
 行事、特に本校の特色であるキリスト教行事(クリスマス、イースター、収穫感謝祭)、ハロウインなどに、在外経験を発表し、企画の中心となる活動を行う。

 Aジブゲイトスクール(オーストラリア)との交流
 〈きっかけ〉
 1989年、本校児童の一家がオーストラリアに移住するに際し、従来のアメリカ・カナダ圏に加えて、オーストラリアにも交流校を得たいという希望を伝えた。

 紹介されたGIBGATE(ジブゲイト)校は、キリスト教を基盤とした私立校であり、児童数や学校規模が本校とほとんど同じであり、かつジブゲイト校が日本語を正課とし日本の小学校との交流を望んでいた。

 ジブゲイト校 創立1953年
  ・シドニーとキャンベラの中間ぐらいに位置する(ニューサウスウェルズ)
  ・児童数約200名
  ・幼稚園から高校までの一貫教育の私学で英国風の教育を実施
  ・日本語を正課として授業を行っている
  〈交流の経過〉
1990年8月 北陸学院小学校訪豪(第一回) 教員3名、保護者10名、児童25名 計38名
1993年8月 北陸学院小学校訪豪(第二回) 教員5名、保護者2名、児童32名 計39名
1994年4月 ジブゲイト校来日(第二回) 教員4名、保護者2名、児童36名 計42名
1995年4月 ジブゲイト校の教員来日
1996年8月 北陸学院小学校訪豪(第三回) 教員5名、保護者2名、児童22名計29名
1997年4月 ジブゲイト校来日(第三回) 教員3名、保護者2名、児童23名 計28名
1999年8月 北陸学院小学校訪豪(第四回) 教員5名、児童31名 計35名
1999年10月 ジブゲイト校来日(第四回) 教員4名、児童19名 計23名
2000年4月 ジブゲイト校来日(第五回) 教員9名、児童15名 計24名
2002年8月 北陸学院小学校訪豪(第五回) 教員4名、児童31名 計35名
2002年10月 ジブゲイト校来日(第六回) 教員4名、児童30名 計34名
2004年10月 ジブゲイト校来日(第七回) 教員4名、児童26名 計30名
2005年8月 北陸学院小学校訪豪(第六回) 教員4名、児童31名 計35名
2006年10月 ジブゲイト校来日(第八回) 教員4名、児童26名 計30名
2008年8月 北陸学院小学校訪豪(第七回)予定 以上のように相互訪問や交流活動を続けている
  〈ジブゲイト校相互訪問以外の活動〉
児 童
 *児童・教職員の製作による学校紹介ビデオの交換
 *日本語の手紙、英語のクリスマスカードなどによる文通
 *本校児童画展へのジブゲイト校児童の作品出展(習字、絵、工作)
 *教材、教具の提供
 *ブッシュダンス(表現活動)
育友会 
 *広報誌(路の光)への寄稿
 *ジブゲイトの校長を招いての教育講演会
教 員
 *相互訪問を重ねながら、国際感覚を身につけている。また、ジブゲイト校の日本語教師の子女が本校の英語非常勤講師として来日。2年間教鞭をとる。
  〈交流における留意点〉
 ・継続的におこなう
 ・交流体験を全体の児童で共有する
 ・直接的、体験的な交流にする
  〈成果と課題〉
(1)相互に訪問を通し、直接的な体験により生活や文化の違いを肌で感じ取ることができた。
(2)自然なコミニュケーションの中で、外国の人達に対する理解を深めることができた。
(3)ダンス、踊り、絵画、工作、習字、合唱、合奏など、相互に楽しく学びあえる環境作りができた。
(4)インターネットを使っての交流の深まり
(5)新たな諸外国の人達との交流

〈ジブゲイト校訪問 児童の作文より〉
 ジブゲイトスクールを訪問して  5年 M C(女子)

 今日はジブゲイトスクールを訪問して二日目です。まだホームステイの子とも他の子とも遊んでいませんでした。だから私は思い切って「遊ぼう」と言うことにしました。先生に英語でどう言ったらいいのか教えてもらい、ホームステイ先のS.に言ってみました。そしたらS.やみんなが笑ったので「あれ、どうしたんだろ。」と思いました。S.が正しく言ってくれて、最後の発音が変だったことがわかりました。でも、そのことがきっかけでいっぱい友達ができました。

 みんなは手を前に出したり、頭に手を置いたりするダンスを教えてくれました。英語もいっぱい教えてもらいました。S.たちはよく、自分の名札をかくして「私の名前は?」と聞きました。私も日本語をたくさん教えてあげました。

 その夜ダンスパーティーがありました。大人も子供もみんな一緒になっておどりました。ジャンプしたり走ったり疲れましたが、とても楽しかったです。

 お別れの日が来ました。とてもさみしくてたまりません。初めは全然話せなかったのに、今では仲良く遊んだり歌を歌ったりしてとても楽しいです。それなのにお別れをしなくてはならないことがとてもさみしいです。

 この旅行で私はオーストラリアの人と日本の人とのふれあい方がだいぶちがう気がしました。オーストラリアでは全然知らない人でも声をかけてくれたり、ほほえんでくれたりしてとても親切でした。日本の人はとても人見知りが激しいと思いました。もっと心を広げて自分中心な考えを直せばいいなと思いました。私はオーストラリアで言葉が通じなくても、心が通じていれば仲良くなれるのだということを知りました。

 差別を考える  6年 K F(女子)

 黒人と白人の人種差別を聞きました。白人は黒人の権利を認めず、黒人に対してとてもひどいことをしました。きっと黒人はつらい悲しい思いをしていたと思います。

 日本でも同じようなことがあります。障害を持っている人をさけたり、白い目で見るような特別な意識や感情を持ったりすることは、はっきり言って差別だと私は思います。人は障害のつらさや障害を持つ方の気持ちを理解しないで接することがあります。そんな時、障害を持つ方はどんなにつらく悲しい思いをすることでしょう。困っていることはどんなことなのか、今必要なものは…。これらのことをいつも心にとめて自分の出来ることをすすんで行うことが大切だと思うのです。

 私はオーストラリア旅行に参加し、ジブゲイトスクールへ行きました。ジブゲイトスクールには黒人の子もいましたが、みんなごく自然に遊んでいました。そして、私たちも、言葉はちがうけれど本当に楽しく過ごすことが出来ました。だれとでも仲良く接することで、もっともっと楽しいことが広がるし、すばらしい世の中になると思うのです。これが本当の自然な姿だと思うのです。

 黒人や白人、民族や国籍、宗教がちがっても、また、たとえ障害があったとしても、みんな同じ地球に住む人間です。一人では生きていけない人間だからこそ、互いに支え合う心が必要なのです。お互いの気持ちをよく考え、協力していくことが大切なのです。そして、一人一人が本当に理解し合えたらならば、もっと良い世の中になり、差別がなくなると思います。

 ホームステイ 6年 M S(女子)

 私の家では、ホームステイを引き受けました。名前はC.D.です。学校からいっしょに帰ってから洋服を着替え、プレゼントを交換しました。それからが大変でした。なぜかと言うと、私は英語が苦手で、お父さんもお母さんも英語が苦手だからです。はっきり言って英語はしゃべれないのと同じです。

 私は何か遊ぶものはないかと思い、英語版のゲームを探してきました。C.はとっても楽しく遊んでくれたのでほっとしました。遊びが終わってしばらくすると、彼女は何か私に質問してきました。「ブラザー…」何とか言っているのです。私はあせりました。そして頭の中が混乱してきました。今から思うと簡単な英語だったのに、その時はさっぱり分かりませんでした。「ホワット?」と言って聞き直しているうちに、どうも彼女は「あなたの弟はどこに行っているの?」とたずねていることが分かりました。何だそういうことかと思い、弟は幼稚園に行っていることを英語で話しました。彼女も理解できたようで「オー」とうなずいてくれました。言葉が通じた時は何て気持ちがいいんだろうと思いました。

 お父さんが帰ってきて、夕食を食べに行くことになりました。はじめはお寿しを食べに行こうと思いましたが、あまり好きではないようだったのでステーキを食べにいくことにしました。料理がそろったのに彼女はもうおなかがいっぱいになったのかあまりあまり食べませんでした。彼女は本当に少食なのかなと思いました。だからあんなにやせているのかと思いました。デザートがきて夕食が終わり、家に帰ることになりました。C.は車の中でいつのまにか寝ていました。時刻を見たら、午後八時五十分頃でした。遠いオーストラリアから言葉の通じない日本に来て、きっとつかれたのだと思いました。

 私は夜寝ながら、最初の一日が無事に楽しく過ごせたので本当に良かったなあと思いました。
〈ジブゲイトの皆さんをお迎えして 保護者の方より〉
初めてのホームステイ  保護者 HY

 さて、なんと言って出迎えたらいいかしら。周りのお母さん達、英語が苦手という話だったが、校舎から出てくるGGスクールの子どもたちに英語で話しかけている。それも流暢な英会話に私は聞こえる。英語のできない私には、後悔と不安が…。そして、うちの息子がE.といっしょに私の方にやってくる。私は大きな声で、
「E.いらっしゃい。」
「コンニチハ。」性格の良さが一目で分かる彼の笑顔と、太郎が彼に話しかける英語(?)を聞いて、私の不安はどこかへ行ってしまった。

 それからの三日間は、日本語と英単語、そしてジェスチャーが、我が家の共通語となった。ベジタリアンの彼に食事のことが一番心配だった。彼は、食卓に準備したものは全て口にしてくれた。特に、ジャガイモの煮ころがしとチャーハン(主人の得意料理)は「おいしい」を連発してくれた。夕食の後もゲームをしたり、GGを訪問した時のビデオで大騒ぎ。Y家にホームステイしているユニークなN.君が登場すると、E.と太郎は大笑い!二晩とも遅くまで、皆でよく話し、よく笑った。

 初めてのホームステイを家族全員で経験し勉強する機会を与えてくださった事を、心から感謝している。