沿革

北陸学院の歩み

本学院は、キリスト教の信仰に基づく女子教育を目的として、米国のキリスト教宣教師メリー・K・ヘッセルにより創設されました。

1885年(明治18年)9月9日午後、創立開校式での県令(知事)の告辞にたいして、ミス・ヘッセルが英語で答辞を述べました。「幼な子を育てる女性はいわば世界を支配します。男子同様、女子教育は国家のために大切です。知育・体育・徳育とともに純なる宗教心は品性をみがきあげ、それは将来、順境にあっても逆境にあっても輝きを放つでしょう」。

創立者ミス・ヘッセルの志は「主を畏れることは知恵の初め」という建学の精神となって受け継がれ、今も、若い男女の魂のなかに脈々と息づいています。

金沢女学校時代1885年(明治18年)~1899年(明治32年)

1884年(明治17年)10月
米国人メリー・K・ヘッセルにより私塾として開学
1885年(明治18年)3月
金沢女学校設置認可
9月
金沢女学校開校式挙行
1886年(明治19年)10月
私立英和幼稚園(現 北陸学院第一幼稚園)設立

北陸女学校時代1900年(明治33年)~1947年(昭和22年)

1900年(明治33年)4月
私立北陸女学校に名称変更
1947年(昭和22年)4月
学制改革により、北陸学院中学部を設置

北陸学院時代1948年(昭和23年)~

1948年(昭和23年)4月
財団法人北陸学院に名称変更
1950年(昭和25年)3月
北陸学院保育短期大学設置(金沢市下本多町)
1951年(昭和26年)3月
学校法人北陸学院に組織変更認可
1953年(昭和28年)4月
北陸栄養専門学院設立(金沢市柿木畠)
1961年(昭和36年)4月
北陸学院小学校設置(金沢市飛梅町)
1963年(昭和38年)4月
北陸学院保育短期大学を北陸学院短期大学に名称変更
北陸栄養専門学院廃校、短期大学に栄養科増設
1964年(昭和39年)4月
短期大学に英語科増設
1966年(昭和41年)4月
栄養科を食物栄養科に名称変更
1967年(昭和42年)9月
短期大学を金沢市三小牛町に移転
1968年(昭和43年)4月
短期大学に教養科増設、専攻科保育専攻設置
1977年(昭和52年)4月
短期大学附属扇が丘幼稚園設置(野々市町本町)
1992年(平成 4年)3月
短期大学専攻科保育専攻廃止
1999年(平成11年)4月
短期大学に人間福祉学科増設
2000年(平成12年)4月
保育科を保育学科、食物栄養科を食物栄養学科、英語科を英語コミュニケーション学科、教養科を教養学科に名称変更
2003年(平成15年)4月
中学校を男女共学化
2005年(平成17年)4月
短期大学の英語コミュニケーション学科、教養学科を改編し、コミュニティ文化学科を開設
高等学校を男女共学化
2007年(平成19年)12月
北陸学院大学設置認可(2008年4月開学)
2008年(平成20年)4月
北陸学院大学人間総合学部開学(男女共学)
北陸学院短期大学を北陸学院大学短期大学部に名称変更(男女共学)
2012年(平成24年)4月
北陸学院大学人間総合学部社会福祉学科を改組し、社会学科を開設

130年の歩み